
にじドク×こどまっぷ講演会 開催報告
「LGBTQが子どもを持つ未来を当たり前に選択できるように」
今回「子どもをもつ・育てるライフステージ」におけるLGBTQの方々の困難や医療現場における課題を考え、解決に向けた実践につなげるため、2024年12月12日に医療従事者を対象として「にじドク×こどまっぷ講演会「LGBTQが子どもを持つ未来を当たり前に選択できるように」を開催しました。
一般社団法人こどまっぷは、LGBTQの人々が子どもを持つことを当たり前に選択できる社会を目指し活動されており、2024年12月講演時点で会員数は3,000人に達しています。活動内容として、講演会や交流会の開催、情報発信、法的支援の働きかけなどを行っておられます。講演の中でも課題として触れられていた「特定生殖補助医療に関する法案」が提出されたことも踏まえ、当事者視点での貴重な内容をより多くの方に知っていただけるよう内容の一部を要約し、こどまっぷさんの許可を得て公開いたします。ぜひご覧ください。
令和7年2月5日に提出された実際の法案はこちらからご覧になれます。
にじいろドクターズとしては令和6年10月9日付で法案に対して声明を出しました。
下記講演内容の要約は、PDFでもご覧いただけます。

講演内容の要約
<特定生殖補助医療に関する法案による問題点>
この法案では、精子・卵子の提供を受けることができる対象を法律婚をしている夫婦に限定しており、性的マイノリティの親やその子どもたちにとって大きな課題となっています。これまでは日本産婦人科学会の会告で生殖補助医療の対象は「法的に婚姻している夫婦」(1)と書かれているものの法律上の決まりはない状態でした。しかし、今回の法律が制定されると、現状では法律婚ができない同性カップルなどに生殖補助医療を実施することが「違法」となってしまい、以下の問題点が考えられます。
問題点① 子どもの福祉が守られない
既に性的マイノリティの親の元に生まれ育てられている子どもたちが、自分の存在に対して否定的に考えてしまう恐れがあります。また生殖補助医療を婚姻夫婦以外が利用することを「違法」とされてしまうことで、さらなる子どもへの差別につながる可能性も懸念されます。また問題点②にあげた、グレーマーケットでの精子提供が広がると、子どもの出自を知る権利が守られないことが増える恐れもあります。
問題点② 安全でない方法での精子提供が広がる
現在、性的マイノリティの親が精子提供を含めた生殖補助医療や、その後の出産のために受診できている病院は、数少ないながら存在しています。しかし、法案が成立すると医療機関から受診を断られ、特定生殖補助医療が受けられなくなる可能性が高くなります。しかし妊娠を諦めきれない当事者の方々がグレーマーケットに繋がることで、グレーマーケット自体の拡大につながる可能性が懸念されます。実際に現在でもSNSを通して精子提供を求め、相手から高額な金銭の要求を受ける、性被害に遭うなどの事例も報告されています。身元が保証されない精子の取引が増えることで、性感染症のリスクも高まります。
<分娩拒否の問題>
講演では当事者の「分娩拒否」に関して、実際に起こった事例についての紹介がありました。ある大学病院の産科に通院していた女性は、受診し始めた時から精子提供を受けて妊娠したことを伝えていました。しかし、女性のパートナーがいてパートナーの立ち会いのもとで出産をしたいという旨でカミングアウトをしたところ、「第三者からの精子提供は前例がないので当院では出産できないかもしれない」と難色を示されました。結果的に妊娠30週を前にして分娩を断られ、紹介先の別の医療機関でも差別的な発言とともに拒否をされてしまう事案がありました。この事例では、幸いなんとか分娩を受け入れてくれる医療機関が見つかったとのことです。妊娠後期で通院先がなくなることは、妊婦と児にとって命に関わる問題です。2023年12月に「分娩や妊婦健診等の受け入れについて」の通知発令(2)がこども家庭庁から出されたものの、残念ながら以後も分娩受け入れを拒否される事例が散見されています。
<誹謗中傷に晒される>
性的マイノリティで子どもを育てようというカップルは、この社会情勢も鑑みて熟慮をした上で子どもを産み育てる決断をしていますが、「デザイナーズベイビーだ」「子どもをモノと思っている」等全く現実とかけ離れた憶測での誹謗中傷が絶えません。また「養子でいいのでは?」等、婚姻制度を使えない性的マイノリティのカップルが特別養子縁組を使えない現状を知らずにの誹謗中傷も多いです。分娩拒否の事実を伝えると、「医療現場でそんなことがあるはずない」「妊婦の方に非があるはずだ」などと二次被害に遭う状況もあります。
<医療機関での家族としての取り扱い>
同性カップルの元に生まれる子と親らの法的な関係として、出産した方の親と子は法的な親子関係がありますが、もう一人の親と子は、同性婚がない現状では法的には赤の他人となってしまいます。もしその法的関係が持てない方の親と子で過ごしている間に体調不良や事故で受診せざるをえない状況になった時に、医療機関で受け入れてもらえるか、カミングアウトをして差別偏見に晒されないか、緊急手術などの同意ができるのか、など様々な課題があります。
<医療機関への希望>
2024年4~6月にこどまっぷが実施したインターネット調査「LGBTQ +の出産・子育て周辺実態調査」では、医療機関に向けて「特別扱いして欲しいわけではなく平等に扱って欲しい」「安心安全にかかりたい」「周囲の差別偏見の目を気にせずに受診したい」「受け入れてもらえる病院がなく絶望している」といった切実な意見がありました。
参考文献
1) 日本産婦人科学会. 提供精子を用いた人工授精に関する見解.
https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=76/8/076080771.pdf#page=11
2) 子ども家庭庁, 厚生労働省. 分娩や妊婦健診等の受け入れについて
編集後記
ご覧になっていただき、ありがとうございます。今回の講演会運営とこの文字起こしを主に行いました、にじいろドクターズの久保田希です。
講演会準備の打ち合わせの中で一番心に残っているのが「味方でいてくれる医療者がほぼゼロで、本当にいないんです・・・」という当事者視点での悲痛な声でした。自分個人はLGBTQアライの医療従事者として、また家庭医という専門から家族支援も積極的に行う身として、多様なセクシュアリティの方や多様な家族がそれぞれに必要な医療や様々な支援を受けられるようにするためどうしたらいいかと日々考えてはいましたが、やはり「いくら考えていても届かないと意味がないのだ・・・」と愕然としたことを覚えています。残念ながら現在の日本社会においては圧倒的に「味方じゃない」と感じる医療現場が多く、当事者には差別・偏見・中傷などのネガティブな声が届くばかりで、味方であるポジティブな声や支援が届かない・・・行動を示していく大切さや発信をしていく大切さ、静かに思っているだけではだめだと思った次第です。
普段講演などでも「性のあり方=セクシュアリティは見た目にはわからない(外見からは性のあり方の一要素である性表現しかわからず、性自認、性的指向というのは本人が打ち明けて初めてわかる)」だからこそ、LGBTQのアイデンティティを持つ人に特別な対応をする、のではなく、全ての人を前に多様なセクシュアリティがあることを念頭に置いた対応が必要だ、と伝えています。同様にアライ(LGBTQの支援者)であることも見た目では分かりません。その思いを持っていても、発信や行動を見せていかないと分かりません。今回の講演を持って改めて行動を示していく必要性を痛感しました。そしてそれは少ない人数で大きな声を上げるのではなく、小さな声でいいので個々の現場で届けていくことで初めて必要とするところへ「味方である声」が届くのだと思っています。この講演や文字起こしをご覧になって味方である声を届けてくださる方が一人でも増えるように願っています。